こんにちは、ロクロウっていいます。ことしで32才になります。大学は、美大を卒業しました。在学中はコンテスト荒らしと呼ばれ、大手広告代理店の内定を蹴っ飛ばし、卒業のときは学長賞の受賞と同時に、みんなの憧れの女子、リカを彼女にしました。飛ぶ鳥を落としながら2兎を得つつ、ハンドドリップ珈琲を淹れているような余裕の人生を送っていたのは、思えば22才の春までだったなあ。
親にも友達にも「アートで世界を変えてやる」って宣言して、就職はしませんでした。早いもんですね、あれから10年が経ちました。正直“まだ”アーティストとしては食えず、バイトをずっと続けています。でも後悔はしていません。笑われるかもしれないけれど“まだ”夢に届いていないだけだと思うんですよ。
バイトはスーパー一筋です。あ、僕、ダンボールで空想上の動物作ってるんです。スーパーならダンボール集めに困りませんから。1ヶ月の稼ぎは約13万。6畳一間・5万円のアパートに、書店で正社員として働くリカと二人で住んでいます。リカには正直支えてもらっています。家賃の半分は僕が出しているけど、食費も光熱費もリカ持ちです。今年の誕生日のプレゼント、ダンボールのネックレスでごめん!
きょうのスーパーのシフトは20時から。いつものようにアパートでダンボールにカッターを入れていると、リカが帰ってきました。
「聞いてくれる?」
なんだい? まあ座って。チャイでもつくろうか?
「あのね、私赤ちゃんが出来たのよ」
エッ、エッ、エーッ。そういう展開?
「それでね、この家も狭いじゃない? 引っ越ししよ」
そんな突然言われても。すぐに判断できないよ。
「私が引っ越すって言ったらするの。生活費を多く払ってるのは誰?」
リカに強気に出られたのは初めてのことで、すごく驚いている僕です。
「それから籍を入れるから、これに記入しておいてね」
と、婚姻届を渡されました。わかったよ、わかったよ。
「明日までにね」
リカがじっと僕をにらんでいます。母になると女性が変わるってコレですか? 部屋中のそこかしこに置いてある“まだ”売れていない、ダンボールの動物たちまでもが、僕をにらんでいるように見えました。
子どもに引っ越しに。僕の人生が、自動運転始めてます。
ちんぷんリノベ村に初の男子の登場です。お金がないけれど夢がある!ロクロウくんへの応援をよろしくお願いします。
また、皆さんのまわりにロクロウくんに似た方がいらしたら、ぜひ教えてください。