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vol.2 こんな家を作ってみた
text: 原 研哉
column | 2014.12.13

少し自分の家の話をします。
十年ほど前のある日、妻が近所の中古マンションを見てほしいと言いました。ひとり息子は大学の在学中に巣立ち、夫婦ふたりのマンション暮らしに戻っていた頃です。僕の建築好きはよく知っているはずなので、妻が家の話を切り出すのは意外でしたが無視するわけにもいかず、出張の飛行機に乗る前の早朝6時半、売り主に頼んで15分だけその物件を見せてもらうことにしたのです。
それは築十年以上経ったマンションでしたが、東京の戸建てではあり得ない、広くてフラットな間取りに魅力がありました。エントランスの和のしつらいにも心が動きました。飛行機の時間を気にしつつ、結局15分という時間の中で、僕は戸建て建築への夢を始末し、フルリノベーションで自宅を作る決意をしたのです。
一戸建てなら相談したい建築家はたくさんいたのですが、リノベーションですから、無印良品で仕事を介して知己を得たインテリアデザイナーの杉本貴志さんにお願いして基本的なアドバイスをいただきました。僕は簡素・簡潔が好みですが、妻は宝塚ファンです。ただ、宝塚を基点に家は構想したくないので、まずは簡潔志向の自分がリードしなくてはと考えました。しかし、全ての内装をはぎ取り、まるで爆弾が家の中で炸裂したかのような光景を眼の当たりにして、妻は血の気を失い、機嫌を損ねて広島の実家に帰ってしまいました。もともとの内装を気に入っていたわけですから無理もないことです。取り返しのつかないことをしでかしてしまったと感じたのでしょう。
ゼロに戻す決断を下してしまった以上、僕にはリノベーションを成功させる責任があります。もとの家よりも歴然と、自分たちの暮らしに合う家にしていかなくてはなりません。この重圧は案外と重く、毎日素材見本と首っ引きになりながら、無数の素材、夥しい照明、あらゆるキッチンや手洗いのかたち、あるいは畳の使い方などを研究しました。銀閣寺の同仁斎を訪ねた際には、そっと障子の桟のピッチを紙に写し、佐賀の有田を通りかかった時には、手洗い鉢に使えそうな尺口のどんぶりに見当をつけたりしていました。自分用にしつらえた小さな書斎は床を持ち上げた畳敷きで、机の下に掘りごたつのように足をおろす空間を設けました。左右には書棚を配し、手を伸ばせば本に手が届きます。机は大学入学時に自分で設計したラワン材の天板を再利用しました。飛行機の操縦席のような凝縮感で、家にいる時の自分の居所となった場所です。
割肌の庵治石が、精密に玄関のかたちに切られて運び込まれ、隙間なくびしっとはまり込んだ時には青ざめました。その岩肌の錆の強い模様に躊躇を感じていたからです。しかしもう引き返すことはできません。
戻ってきた妻に玄関の扉を開けて見せると「あら、いいじゃない」という明るい反応。難しいクライアントから了解を得たようで、苦労が溶解したように感じました。
この時、僕は実に色々なことを考え、また学びました。理想としていたことと現実とが色々な意味で火花を散らし、何かがリアルに目覚めたのです。

原研哉|はらけんや
デザイナー。1958年生まれ。デザインを社会に蓄えられた普遍的な知恵ととらえ、コミュニケーションを基軸とした多様なデザイン計画の立案と実践を行っている。日本デザインセンター代表。武蔵野美術大学教授。無印良品アートディレクション、代官山蔦屋書店VI、HOUSE VISION、らくらくスマートフォン、ピエール・エルメのパッケージなど活動の領域は多岐。著書『デザインのデザイン』(岩波書店刊、サントリー学芸賞)『白』(中央公論新社刊)は多言語に翻訳されている。
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