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寄稿
湖畔の小屋/渡辺裕一(コピーライター)
column | 2008.1.1

湖畔の小屋

1999年からの5年近く、私はニュージーランドのクライストチャーチに暮らした。
20年ほど続けてきた広告の仕事に厭(あ)きてきたのと、唯一の趣味であるフライフィッシングの本場で存分に鱒釣りをしたいという我がままな理由からだった。子供が学齢に達し、のんびりとしたところで学校に通わせたいという気持ちもあった。

ある夏の終わり、釣りを介して友人となった大工のウィリーに誘われて旅に出た。彼の友人が持っている小屋を拠点に釣りをしようというのである。
ニュージーランドにおいて休日用の小屋を持つことは、収入の多寡にかかわらずごくごく普通のことである。彼らは、小屋の事を"butch(バッチ)"という独特の愛称で呼ぶ。その小屋は、クライストチャーチから西へ2時間ほど走った湖のほとりにあった。

30戸ほどの小さな小屋が点在するその湖は深い緑にかこまれ、青い水を静かにたたえていた。ウィリーが車を横付けしたその小屋は、トタン屋根に木造平屋建ての外も内もペンキの塗り壁。二間に台所、きわめて質素。小屋の裏には雨水を溜めた直径1.5メートルほどのタンクが木の台に据えられ、その下の濾過器を通して屋内に清水が引かれていた。冷水ながら、シャワーも浴びる事ができるという。
照明は、灯油ランプ。居間には調理もできる鋳物製の四角い薪ストーブがどんと置かれていた。台所の冷蔵庫はケロシン灯油の熱で冷やす前近代的なもので、ウィリーはライターで火を点けながら「明日の昼頃には冷えはじめる」といって、ビールと白ワイン、食料を入れた。

湖に向いた大きな窓からは、朝、昼、夕と様々に変化する景色を見ることができた。とくに暮れなずむ頃の湖面は刻々と変化する色彩が淡いグラデーションを見せ、窓枠という額を持った一幅の絵画であった。何とも贅沢な名画が壁に掛かっているのである。

また、その湖は水鳥のサンクチュアリ(聖域)となっており、犬猫の持ち込みは禁止されていた。鳥たちもそれを知っているようで、歩いているとカモやオシドリが足もとまで寄ってくる。一羽のカモが台所に侵入して、床に置いたレタスをついばんでいる事もあった。

ウィリーと私はここで4日間を過ごし、そして、それぞれが50センチ前後のブラウントラウトを数匹釣った。

ゆったりと流れる時間、清潔で質素な小屋のたたずまい、そして気のおけない友人との屈託のない会話と冗談。これ以上、何を必要とするというのだろうか。テレビや新聞で日々報道される煩雑な事がらとは無縁な世界がそこにはあった。

「徒然草」のなかで兼好法師はいっている。" 家の作りようは、夏をむねとすべし "と。
私は、異国の湖畔でおもった。" 家と暮らしは、シンプルをむねとすべし"と。

渡辺裕一

コピーライター。1949年北海道生まれ。広告コピー代表作にサントリーカンビール「ペンギンシリーズ」、日清カップヌードル「シュワルツネッガー、食べる。」「ちからこぶる。」、日本航空「只今、JALで移動中。」などがある。

2008年1月発行 無印良品の家カタログより

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