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住まいのかたちコラム
家は家族で過ごすための暮らしの器
column | 2008.6.3

家って何だろう、素朴にそう思うことがあります。
一日の仕事が終わって家に帰るとほっとします。食事をしながら、他愛もない話をして、楽しい時間を過ごす。仕事のこともつかの間忘れて、子供たちの学校での出来事や近所の人たちの話、次の休みの家族での旅行の計画など、家族というつながりを確認しながら、生活しています。

家は体も心もいやす場所。朝にはそれぞれが外にでて、夜には戻ってくる、鳥の巣のようなもの。もちろん、一人暮らしの人や、夫婦だけの人もいるだろうし、親子で住んでいる人もいるかもしれませんが、誰もが家に戻ると、ほっとするのではないでしょうか。家とは家族で過ごすための暮らしの器です。

働くお父さんが中心の時代から家族の時代へ
こうした家族とは昔から存在したのでしょうか。実はこうした家族像とは80年位前に生まれたものなのです。それまでは、家とはお父さんのものであり、お父さんが人を招く場所でした。つまり働くお父さんが全てでした。奥さんも、子供も、ご主人以外の居場所は余った空間を使っていました。
そして家は、財力を誇示したり、自身の美意識を見せたり、知識や見識を披露するものでもありました。お客様と会うときに見せる床の間のしつらえ、床の間にかける掛け軸や、置物など、また座敷から見える庭園や、場合によってはその奥にある茶室など、それらは全て人に見せるためのものであったのです。

しかし、新しい時代が訪れました。お父さんが外で仕事をしてかえってくるという、今で言うサラリーマンという職種が生まれたのも、変化の要因のひとつです。家は家族のものだということを国家的に唱えるようになり、戦後急速に変化が始まりました。

30年ぐらい前、私(筆者、40代後半)が子供の頃には、父親がよく友人や同僚を連れてきたり、親戚の人が家に泊まりに来ました。急なお客様に母親がお酒のつまみなどをつくったり、ビールがないなどと言って、酒屋まで買いに行ったりしたことを思い出します。30代の方が圧倒的に多い読者にはちょうど時代の変わり目に見えるかもしれませんが、その原風景は多少なりとも記憶にあるのではないでしょうか。

ずいぶん時代は変わりました。現代は家は家族のものとなったと言ってもいいでしょう。急な来客のためにお酒のつまみをつくることもあまりなく、奥さんだって仕事をしている人も多いですし、大きくない家で来客をもてなす部屋もとくには用意されていないのが普通です。
また、わざわざ家まで人を呼ばなくても、街のなかにそうした機能がたくさんあります。会社帰りにいく飲み屋もあるし、みんなで騒ぐカラオケもある。泊まるのであれば都市の中にはホテルだっていくらでもあります。

家族のため、自分達のための空間
ならば家は思い切って家族のため、自分達のための空間に徹してみてはどうでしょうか。家族の営みには一緒に何かをすることと、一人一人で何かをすることが両方あると思います。
一つの空間に家族がそれぞれの過ごし方を持ち込んで、同じ空間を共有するというのはどうでしょう。テレビを見ている人、音楽を聴く人、パソコンをする人、本を読む人、またはアイロンかけたり、仕事したりとそれぞれの時間を楽しむ人。家族で集まってゲームをするとか、話をするとか、一緒に何かをすることも、共存させてしまうのです。
親戚やお客様を招くから...とか、そういうことは一切考えないで、自分たちの暮らし方を豊かにすることを徹底して考えるのも、現代の暮らし方の一つであるように思えます。

そこはダイニングやリビングとは呼ばずに、かつてアメリカで言われたファミリールーム(家族の部屋)といったほうが適切かもしれません。家族が自由に使え、昼寝などもできる、少しだらしなく使っても許された部屋でした。

現代では、その部屋を快適にすごすためには、十分な使いやすい収納スペースが必要です。家族のそれぞれの目的にあわせた格納スペースがないと、たちまち物があふれかえってしまうでしょう。必要な物だけを持ち寄り、きれいに整理された家族用の空間で、自分の好きな場所で過ごすのです。

ダイニングテーブルで過ごす人、カウチソファで横になる人、床に座る人、スタディーコーナーでじっくり仕事する人など、それぞれが自分達流に楽しむこと、リラックスすることを最優先させていいのではないでしょうか。
家は家族の暮らしの器なのです。

2008年6月3日配信 無印良品の家メールニュース Vol.87より

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